心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) コラム http://nara-fuusha.com/contents_6.html 人間関係(職場、友人、夫婦、親子など)・トラウマ・AC・セクシャルマイノリティ・恋愛・性格等 多方面に対応。 心理学講座 アートセラピーワークショップも行っています。 ja-JP 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 辛くても大切な記憶もある http://nara-fuusha.com/contents_221.html 「忘れる」というのは人の優れた能力だと言われています。辛いこと、悲しいこと、傷ついたことを忘れることができるから生きていかれるのだと。けれどどんなに辛くてもどんなに悲しくてもどんなに傷がうずいても忘れたくないもの大切に持っていたいものがあってもいいのだと思います。それを持ち続けていると時々とても辛かったりとても悲しかったりとても傷が痛かったりするのだけれどそのことで幸せでないということではないんです。辛くても悲しくても痛くても忘れないということがとても大切なことで自分の幸せの一部だってこともあるのだと思うのです。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2017-06-24T22:38:53+09:00 あなたはあなたの味方をしていい http://nara-fuusha.com/contents_220.html どうしてこんなことで・・・ なんでこんなに・・・ 冷静に考えれば そんなに傷つくことじゃない そんなに怒ることじゃない それでも心が乱れてしまうときってありますよね。 心の奥底に潜んでいる 傷ついた気持ちや辛い気持ちが反応しているからです。そして、それは 「今」起こっている事実や「今」投げかけられた言葉だけで 起こっている反応ではないのです。「過去」の出来事でとても傷ついたり辛かったりしたことが心の奥に潜んでいて その部分が反応しているんです。 だからね 「なんでこんなに怒りが湧くの?  なんでこんなに悲しくなるの?  わたしってヘンだ。」そう思ったときは怒ってる自分、悲しい自分をギュッてしてあげてください。 うんうん、しんどかったね。 そう言ってギュッてしてあげてください。あなたはあなたの味方をしていいんですから。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2017-05-13T21:10:31+09:00 「やりたくない」には、無理に理由をつけなくていい http://nara-fuusha.com/contents_219.html 何かを「やりたい」とき「なんでやりたいんだろう?」と思い悩むことは少ないです。 ところが 何かを「やりたくない」ときには「なんでやりたくないんだろう?」と、理由を探りたくなることが多い気がします。 動くことはプラスで動かないことはマイナスって感じているからなんですね。 そしてマイナスのままでは居心地が悪いのでプラスに変わるような座りのいい理由を探してしまう。 けれども 実は「やりたい」も「やりたくない」も同じ欲求であって自然に湧き起こってくるもの。 だから わざわざ無理に理由をつけなくても わたしは、今「やりたくない」んだなぁでいいんです。 突き詰めて考えると理由はあるのかもしれませんが その理由は、大抵手前勝手なものです。 自然に湧きあがってくるのだから手前勝手なのはあたりまえですね。 それが座りのいい理由ではないとき辻褄をあわせようと脳がフル回転し座りのいい理由をつけてしまったりする場合もあります。 自分が納得して堂々と「やりたくない」と思えるのであればそれはそれでいいのです。 ところが無理につけた理由というのはなんだかもやもやしたりすることもあります。 もやもやするようならば 「やりたくない」には無理に理由をつけなくていいんですよ。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2017-04-11T21:30:15+09:00 教えは選んでいい、愛はもらえばいい http://nara-fuusha.com/contents_218.html 「こうすべき」「こうあるべき」「これはだめ」「これはおかしい」 たくさんの教えにさらされながら人は成長します。 ほんの小さな子供のころは素直に教えを吸収していきます。 生き抜くために必要だからです。 ある程度成長すると「おや?それってほんとかな」と疑問を持ったり「それは違うよなぁ」と否定したりするようになります。 教えを自分で選ぶことができるようになるんです。 ところが 教えと愛が絡まり合うとややこしいことになります。 愛してほしい相手からの教えだとそれに縛られてしまったりするのです。 愛してくれているはずだから自分のためを思ってくれているのだからその教えは正しいという信念が自分の奥底にできてしまいます。 本来愛と教えは別物です。 愛は愛です。存在そのものを大切に感じる気持ちとでもいうのでしょうか。 教えには独自の価値観が繁栄されます。 価値観は人によって違ってあたりまえなので愛する人といえども「それは違うな」ということはあるんです。 教えは自分で選んでいい。 そして 与えられた教えが違うと思ってもそこにある愛はもらえばいいんです。 たとえば親の教えが自分を苦しめているとしたらその教えは不採用にしていいしその教え以外のところで、親の愛を感じるならばそれはもらえばいいんですよ。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2017-03-16T21:35:51+09:00 対峙すること、逃げること http://nara-fuusha.com/contents_217.html わたしが11歳のときのことです。家で嫌なことがあり飛び出したときに買い物帰りの母にばったり。「どこ行くの?」わたしはほっとして、家を出てきたわけを話しました。母に優しくしてもらえると思ったんです。ところが母は厳しい顔をして言いました。「帰りなさい! 嫌なことから逃げて、それでどうするの? ずっと逃げ続けるつもり?」そして、母と一緒に帰りました。- 嫌なことから逃げてはいけない母が教えてくれたことです。あの時のわたしには適切な指摘だったと思って感謝しています。この教えのおかげで切り抜けられたピンチもあるからです。けれども今のわたしは「そう言いきれるものでもない」と思っています。あまりに辛いとき、しんどいとき、悲しいとき、逃げてもいいと思います。逃げることで自分の身を守れるのであればそれでもいいんだよと。まずは自分自身の安全を確保すること。身体的な安全と精神的な安全の確保。それができてこそゆっくり考えることができるんです。人は逃げる選択をしたときなんとなく後ろめたさを感じるものです。わたしはただ逃げてるだけだ。。とか逃げているうちは自分はだめだな。。とかけれども、その問題は自分が引き受けなくていいものである可能性もあります。そういう場合は距離をとるという意味で「逃げる」のは正解です。それは自分の問題であって逃げ続けるわけにいかないことならば、どうなの?そういう問題ならいつかは、対峙する必要が生じます。そのときが来たときに、対峙する準備を整えるためにも「逃げる」を選択することがあっていい。無理な選択をして精神的に自分自身を追い詰めるよりは逃げるというのも、また勇気ある決断です。結局逃げてるだけだなと思いながら他の選択ができないときにはそれが、今できる精一杯です。対峙することも大切そして逃げることも大切いつだってそのときの精一杯のbetterどちらかだけが正解ということはないんですよね。対極にあるものもそのときの自分の正解なんです。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2017-01-25T21:45:07+09:00 「なんで?!」には、答えなくていいことが多い http://nara-fuusha.com/contents_215.html 「なんで、こうしたの?!」 「なんで、こうしないの?!」 「なんで、できないの?!」 「なんで、わからないの?!」 「なんで、(あなたは)そうなの?!」 なんで・・・って問い詰められるとき その答えを持っていないことが結構、あります。 「わからない」と正直に答えると相手は余計に怒ったりしてね。 黙っていると「なんで、黙ってるの?!」と、新しい「なんで」が飛んできます。 では、答えを持っていてその理由を、ちゃんと答えたら相手は納得するのかというと そんなことはなくて 「それはおかしい」とか「屁理屈だ」とか「わがままだ」とかいろいろと言った挙句 元の「なんで?!」に戻ったりします。 なぜかというと この「なんで?!」は質問ではないからです。 この「なんで?!」は理由を知りたいという欲求ではないからです。 では、なんなのかというと感情の表出なんです。 イライラする腹がたっている悲しい嫌だ そういった感情を表出する言葉なんですね。 質問ではないので答えなくていいんですよ。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2016-10-05T21:24:19+09:00 人の不機嫌はそっとしておいていい http://nara-fuusha.com/contents_214.html 不機嫌というのは周りを巻き込みやすいと思います。側にいる人が不機嫌だと楽しい気持ちが削がれたり嫌な気分になったりしがちですよね。そんなとき自分のせいのような気がしたり自分がなんとかしなければと感じたりとにかく、じっとしていられない!なんとかしなくちゃ!という人がいます。ちょっと深呼吸しましょう。いいんですよ。他者の不機嫌の責任をとらなくても。それに、ほらその人だって不機嫌でいる権利はあるのですから。人の不機嫌はそっとしておいてそれに影響されてしまった自分自身の気分の面倒をみるといいんです。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2016-08-19T23:11:29+09:00 辛いときだって、楽しんでいい http://nara-fuusha.com/contents_213.html わたしは、クライエントに「ほっとすることをしてください」「楽しめることをしてください」「気持ちいいなぁと思うものを見てください」と言うことが、しばしばあります。自分と向き合うということはとてもエネルギーの要ることだし苦しいことだってあります。そもそも辛かったり苦しかったりしていっぱいいっぱいな状態でいらっしゃる方も多いです。それでも日常生活は送る必要があるのでなるだけ、心に栄養をあげてほしいと思うのです。そんなときよくあるお返事が「やるべきことができていないのに・・」「そんなことをする間があったら・・」「それよりも問題解決が先」そこには 今の自分の問題を解決して やるべきことをやってからでなければ ほっとしたり楽しんだりしてはいけないという考えがあるようです。ちょっと待ってください。胃潰瘍でしんどくて、やるべきことができない人は胃潰瘍を治してやるべきことをやってからでなければほっとしたり楽しんだりしてはいけないのでしょうか?違いますよね。胃潰瘍の治療中にほっとしたり楽しんだりすることによって心にゆとりができて却って回復が早くなったりするものです。ね?ほっとすることもないし、楽しいと思うこともない?とにかく辛いし、苦しい?そんな方もいらっしゃいますね。いいんですよ、わざわざ探さなくても。辛いねぇ。苦しいねぇ。それでいいんです。そこから始めましょうね。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2016-07-10T23:18:52+09:00 嫌々やってもいいし、文句いいながらやってもいい http://nara-fuusha.com/contents_211.html 子供たちが幼いころ「○○やってね」とお手伝いを頼んでもいつも快くやるとは限らなくて嫌そうに「えーー」と言うことももちろんありました。そんなときは「嫌々でいいから、やってねー」と言って、しばらく放置しておくとぶつぶつ文句を言いながらやり始めます。子供にしてみれば今やりたくないことをやるわけなので文句くらい言いたかろうと思いこれも放置。文句を言いながらやっているのですが終わって「ごくろうさま」と声をかけるころには大抵、機嫌はなおっていてすんなり、遊びに戻っていきます。嫌々やる文句いいながらやる実はこれは大切なこと「どうせやるなら、 気持ちよくやったほうが自分が楽でしょう?」「文句言うくらいなら、やらなきゃいいじゃない!」「やるって決めたんなら、文句言いなさんな!」いやいやいや、、嫌だという気持ちを大切にしながらも「やる」ということがあってもいいですよね。すっごくやりたくないことをやる必要があるときって現実として、あります。そんなときは嫌々やってもいいし文句言いながらやってもいい。心をこめてやらなくてもちゃんと行動しているのだからそれでいいんですよ。どんなときも自然に湧き起こる気持ちを大切にしていいんですよ。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2016-06-21T23:16:48+09:00 まずは、自分を守ってください http://nara-fuusha.com/contents_210.html どのチャンネルでも今、同じ報道をしていますね。 それを観ていて 体調が悪くなったり 気持ちが塞いだり 精神的な疾患の症状が悪化したりする という場合 少しTVを消しましょうね。「TVで観ているだけなのに・・当事者の方々に申し訳ない」 「自分はなんて弱い人間なんだろう」 「自分ってなんて無力なんだろう」 という気持ちがありますか? そんなことはないのです。 対岸の火事ではないからこそいろんな症状が出るのです。 センサーが敏感なんですよ。 まず、TVを消して 温かい飲み物を飲むとか 家族やお友達と楽しいことを話すとか 好きな音楽を聴くとか 自分の心が喜ぶことをしてください。あなたが元気でいることは周りを元気にします。 元気でいればできることは増えます。 できるときにできることをすればいいのです。だからまず、自分の身を守ってくださいね。 心の相談室|カウンセリングルーム 風舎(奈良のJR郡山駅から徒歩5分) 2016-04-19T22:46:06+09:00